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東北太平洋沿岸に500kmの鎮魂の丘造り構想―防災機能を備えた観光資源に

  【2011-03-31:伊能肇】「千年に1度の大津波」が証明されるかもしれない。東北関東大地震を引き金に発生した大津波は、869年の貞観地震(じょうがん、平安時代=794〜1192年の貞観11年に発生)での巨大地震・巨大津波と類似しているという。インターネットの「産経ニュース」3月28日版に掲載された記事「『研究成果を生かせなかった…』貞観地震の研究者」で、産業技術総合研究所の宍倉正展さんが平成16年から着手した「貞観地震の研究」で、869年に東北地方を襲った巨大地震・巨大津波の実態を解明、「いつ、再来してもおかしくない」と警鐘を鳴らしていた矢先に、今回の東北関東大地震と大津波が起こった。

  研究では「宮城、福島県の沿岸の地層をボーリング調査で解析し、貞観地震の津波が運んだ砂の層の分布から津波の到達域を特定。太平洋沖を震源とする巨大海溝型地震が、大規模な津波を起したことを突き止めた」という。実は、この「千年に1度の大津波」説だが、今回の大震災が起った直後、通信社に勤める友人からそうした説のあることを聞かされた。電話口で互いの安否を確認しながらの話ではあったが、半信半疑のこちら側に対し、友人は「千年前の地震の痕跡を探すのは難しいが、大津波は地層に痕跡が残るので確認しやすい」と熱っぽく語ってくれた。「ネット版産経ニュース」がそれを具体的に報じたことになる。通信社の配信とのクレジットは入っていなかった。3月下旬に「貞観地震」の説明会が予定されていたというから、現場の記者仲間の間では有名な話だったのかもしれない。

 「千年に1度の大津波を伴う大地震」が東北・三陸沖で周期的に起る可能性は今回の地震でさらに高まったわけだが、「千年に1度」が発生した翌日に、次の「千年に1度」が起っても確率的には何ら問題がないそうだから、地球物理学の範疇に入るような話はどこか掴み所がない。ただ、被災地では、「千年に1度の大津波」で町や村、学校や役場、田畑や漁場、工場や商店などが根こそぎ破壊され、跡形も残っていない。リアス式海岸地帯の特性とはいえ、テレビに映し出される惨状は筆致に描き難い。それでも、避難した方々が、これまでのコミュニティで一つにまとまり、助け合って村や町を再生していくという想いや覚悟をテレビで聞くたび感銘を受ける。

 阪神淡路大震災と今回の東北関東大震災を「同質」で論じた識者が何人かいた。しかし、阪神淡路は主要な被災地が神戸であったため「アーバン型震災」のイメージが強く、東北関東は500kmに渡る三陸沖・太平洋沿岸に点在する街・町が主な被災地であることから「カントリー型震災」のイメージが強い。アーバン型震災では、製造業・商業・中層ビル・住宅などでの被害が目に付いたが、今回の「カントリー型震災」では漁船の流失、田畑の冠水などが目に付く。最も特徴的なのは、復興にあたって「アーバン型被災地」は私的権利重視型―契約社会型であるのに対し、「カントリー型被災地」は共同権利重視型―人的絆型であるように思える。被災地のコミュニティのあり方で全く異なる対応が求められる。

 被災地の復興の向けて、こんな構想はどうだろうか―。東北・太平洋沿岸地域に500kmに渡り、死者の御霊を弔い、再び1000年後に備えた「緑の丘陵地帯―鎮魂の丘」を作る。春の彼岸の頃、「鎮魂の丘」は山歩きの老若男女で大変な賑わいを見せ、アジアの聖なる観光地としてスポットを浴びる。人は、丘の内側に町を作り、丘の外側にあたる海辺には漁港、魚類加工工場などを配置する。当然、海側には大津波避難場所として6階建て以上の鉄筋コンクリート構造物を数箇所に作っておく。日常は別の用途で活用すればよいーといった「まちづくり」だ。被災地の皆さんの明日に向けて手助けになる話なら嬉しいのですが…。

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